仙台高等裁判所秋田支部 昭和49年(行ケ)1号 判決 1976年3月19日
原告
太田良吉
同
神重三
右両名訴訟代理人
安田忠
被告
青森県選挙管理委員会
右代表者
佐野久雄
右訴訟代理人
内藤庸男
右指定代理人
石橋忠雄
外四名
主文
一 昭和四八年三月八日執行の青森県五所川原市市長選挙の効力に関し原告らがした審査の申立てに対し、被告が昭和四九年一月一六日にした審査申立の棄却の裁決を取り消す。
二 右選挙を無効とする。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 申立て
一、原告らの求める裁判
主文同旨の判決
二、被告の求める裁判
「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
第二 主張
一、原告らの請求原因
1 原告らは、昭和四八年三月八日執行の青森県五所川原市市長選挙(以下本件選挙という。)の選挙人である。原告太田良吉は、同年三月二二日本件選挙の効力に関し青森県五所川原市選挙管理委員会(以下市委員会という。)に対し異議の申出をなし、市委員会から同年四月二五日異議申出棄却の決定書の交付を受けたので、原告らは、同年五月一〇日被告に対し本件選挙の効力に関する審査の申立てをしたところ、被告は、昭和四九年一月二二日原告らに対し右審査の申立てを棄却する旨の裁決書を交付した(原告らは、同年二月一八日本件訴えを提起した。)。《以下省略》
理由
一原告らの請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二そこで、原告らの請求原因2の各項目について判断する。
1 請求原因2(一)について
<証拠>によれば、本件選挙の開票立会人は、原告主張の古川清作及び山田誠紀を含め全員開票事務終了まで参会し立会つた事実を認めることができ、<証拠>も、右認定を左右するものではない。よつて、この点に関する原告の主張は採用することができない。
2 請求原因2(二)について
<証拠>によれば、市委員会は、本件選挙の投票用紙として不在者投票用紙五〇〇〇枚、記号式投票用紙三万枚を印刷することを決定したが、前者は昭和四八年二月一七日市委員会の委員全員立会の下に、後者は同年三月一日委員長木村勇造、委員嘉山定市及び同高橋良治立会の下に(委員長尾秀作は所用のため立会せず、また委員高橋良治は長尾委員を待つていたため遅れて立会つた。)、いずれも訴外陸奥印刷株式会社において、前記枚数どおり印刷され、他に市委員会の決定した枚数を超えて印刷(いわゆる水増印刷)された事実はないことが認められる。原告らは、<証拠>などを根拠に、いわゆる水増印刷がされた疑いが濃厚であると主張するが、前掲証拠によれば、右紙屑として捨てられていた紙片は、印刷途中で生じた試験刷り又は印刷の失敗による用紙を、立会つた委員の承諾の下に印刷会社機械長及び製本長が破りすて又は機械で裁断して使用不能にしたものであることが認められるので、いわゆる水増印刷を疑うべき根拠とはならず、また委員の供述の変転なども、前掲証拠によれば、一部の記憶違いあるいは説明の不十分によるものと認められ、これまた不正事実を疑う理由とはならない。そして、古物商店に勤める証人佐藤弥次郎は、同人が前記の紙片を発見したのは三月二日か三日頃である旨証言しており、更に<証拠>に照らし、証人浅川勇は、前記印刷会社で投票用紙が印刷されたとする三月一日午後に出た紙屑等のごみは、三月五日にならなければ五所川原市の収集車で集められて前記佐藤弥次郎の勤務している古物商に届けられることがないことを根拠に、原告らのいう水増印刷は三月一日前になされた疑いがあると述べるのであるが、<証拠>によると、正規の投票用紙は市委員会の印がなければ印刷できないものであるところ、右印八個は、市委員会の委員全員による封印がなされた封筒に入れられて市委員会のキヤビネツト中に保管されており、本件選挙の告示日である昭和四八年二月二六日(成立に争いのない乙第三号証の二により認める。)以後は、委員高橋良治が右キヤビネツトの鍵を持ち保管にあたつていたこと、そして三月一日前記の印刷がされた際は、右印在中の封筒の封印は完全であつたこと以上の事実が認められるのであつて、これらの事実によれば、前記証人浅川勇のいう疑いも根拠が薄弱で、佐藤弥次郎の証言も記憶違いから出たものと考えられるのであつて、前記の認定を左右するに足りない。そして、他に原告ら主張の不正事実を疑うべき証拠はないから、原告らのこの点に関する主張も採用するに由ないものである。
3 請求原因2(三)及び(四)について
青森県五所川原市新町所在増田病院が令五五条二項二号により指定された病院で、その院長増田桓一は同号により不在者投票管理者であつたが、本件選挙の候補者佐々木栄造の選挙運動用通常葉書に選挙責任者としてその氏名が記載され、これが選挙人に頒布された事実及び平山国忠、長尾茂美、今良太郎、福士光男、伊藤金陸、小栗山三郎の六名が本件選挙の投票管理者として選任されていたのに、右佐々木候補の選挙運動用通常葉書に推せん人として名前を連ねていた事実、以上については当事者間に争いがない。そして、右選挙運動用通常葉書が右平山国忠ら六名の投票管理者の関係区域においても選挙人に頒布されたことは容易に推認され、右六名の投票管理者が法一三五条一項によつて禁止されている選挙運動をしたことは認められるのであるが、本件の全証拠をもつてしても、不在投票管理者たる増田桓一が、同条二項によつて禁止される業務上の地位を利用した選挙運動をしたことを認めるに足ひない。しかして、原告らは、右法一三五条の違反は、選挙無効の原因である選挙の規定違反にあたると主張するのであるが、法二〇五条一項の選挙の規定違反とは、選挙の管理執行に関する規定の違反を意味し、法一三五条のような選挙運動の取締規定の違反を含まないと解すべきであるから、この点に関する原告らの主張は採用できない。しかしながら、選挙無効の原因には、管理執行に関する明文の規定に反しなくても、選挙執行機関が特定の候補者に対し偏頗な行為をし、それが著しく選挙の自由公正を害するに至つた場合を含むものと解すべきであるから、この点について検討を加える。投票管理者が投票に関する事務を担任し(法三七条四項)、選挙執行機関の一部を構成するものであることは疑いのないところである。しかし、投票管理者は、投票区毎に選任され<証拠>によれば、本件選挙においては、三二の投票区が設けられている。)、その職権の行使については制度上投票立会人によつてその恣意的な行使が阻まれる仕組となつており(法四八条、五〇条等参照)、また選任の要件は選挙人であることのみであつて、その者の党派的な傾向等は選任の要件とはなつておらないのである(当庁昭和三一年六月二一日判決行政裁判例集七巻一一号二五四五頁参照)。そうであるとすれば、投票管理者であることによる影響力は限られたものであり、その言動であるからといつて、一般の選挙人が投票意思の決定につき強く左右されるものとはいいがたいものというべきであつて、これらの点については、不在者投票管理者もほぼ同様であると判断される(原告神重三は、増田桓一の影響力は多大である旨供述するが、同人の影響力は主として病院長であることによるのであつて、不在者投票管理者であることは、選挙人の投票意思の決定には、さほど影響しないというべきである。)。しかして、投票管理者等の選挙事務従事者は、一般に多数にのぼるのであつて、それぞれの偏頗な行為をすべて選挙無効の原因とすると、一部の者が選挙の無効を期待してあえて偏頗な行為をすれば、その者の望むとおりの結果を産み、民主制度そのものを破壊に導くおそれなしとしないのであつて、このような観点からすると、偏頗な行為があつても著しく選挙の自由公正が害されない限り選挙を無効とすべきではないのである。そして、本件においてみられる投票管理者らの行為が、前記のとおり選挙運動用通常葉書に名を連ねる程度のものである以上、これをもつて選挙の自由公正を著しく害するに至つたものとはいえず、選挙を無効とすることはできない。また、原告らは、市委員会が法六条一項に違反したと主張するけれども、そのような事実を認めるべき証拠はなく、この点についても、原告らの主張は採用できない。
4 請求原因2(五)について
<証拠>によれば、原告ら主張の選挙人名簿抄本について、名簿対照の確認印がなく、単に鉛筆で○印又はレ印を記しただけの処理がなされていることが認められる。しかし、<証拠>によれば、右○印又はレ印で処理したものでも選挙人の名簿対照確認は、適式に行なわれていた事実を認めることができ、右認定を左右すべき証拠はない。しかして、名簿対照確認をしたものにつき確認印を押捺することは、望ましいことではあるが、それがなく右のように処理したとしても、令三五条一項に違反するものとは解されないから、この点に関する原告らの主張も採用できない。
5 請求原因2(六)について
原告主張の投票所において、不在者投票に用いられた空の不在者投票用外封筒及び内封筒一〇四人分が、投票当日投票所内のストーブに投入され焼却された事実は、当事者間に争いがない。原告らは、これは、不在者投票管理者から送致されたものでない不在者投票を不正に受理した事実を隠蔽するためになされたものである旨主張するが、<証拠>によれば、原告主張のような不正事実は認められない。<証拠>は、封筒に不在者投票管理者名の記載又はその封印のないものがありこれを指摘したのに投票管理者らがこれを無視して強引に焼却した旨証言するが、反対尋問においては、被告による調査の際には、不在者投票管理者名の記載のない封筒があつたことは述べなかつたと証言しており、同人の証言はそれ自体信用性が薄く、前記の認定を左右するに足りないし、他に右認定を動かすべき証拠はない。そして、右封筒の焼却は、令四五条に違反したものであるが、右認定の事実からすると、選挙の結果に異動を生ずるおそれありと認定するに足りないものと判断される。そうすれば、この点に関する原告の主張も理由なきに帰する。
6 請求原因2(七)について
候補者が法一六三条に違反して公営施設で個人演説会を開催した事実を、選挙管理委員会が知りながら、その中止を勧告し又は警告を発する措置をとらなかつたとしても、選挙の管理執行に関する規定に違反したものとはいえず、原告らの主張は採用するに由ないものである。
7 請求原因2(八)について
市委員会が令五〇条一項の規定によつて交付の請求を受けた投票用紙及び不在者投票用封筒等を、数人分一括してそのうちの一人の請求者宛に送付したこと及びその数が九九二名分であることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、送付の方法は、右数人分の不在者投票用紙等に、それらの者の氏名住所を記入した送付書をそえて、そのうちの一人宛に郵送したものであり、その件数は三六九件、そのうち不在者投票をしたものは、三一三件八三一名であつたことが認められる。令五三条一項一号は、令五〇条一項の場合にあつては、選挙人に直接に交付し、又は郵便をもつて発送しなければならない旨を規定しているのであるから、右のような一括送付は、この規定に違反していることが明らかである。しかして、<証拠>は、右のような一括送付が特定の候補者の支持者宛になされていると証言又は供述するのであるが、<証拠>によれば、一括送付の宛先を決めるについて、抽選等の特別の方法がとられたわけではないけれども、ほぼ無作為的になされたことが認められ、右の証言又は供述どおりの事実を認めるべき証拠はない。
しかしながら、原告らは、右一括送付分の中には、選挙人が交付の請求をしていないのに、何者かが本人の意思に関係なく請求した等の例があると主張するので、不在者投票用紙等の請求の受理手続について検討するに、<証拠>によれば、本件選挙においては、一人の者が選挙人の使者と称して一度に四〇〇人から五〇〇人分<証拠>では、九百数十枚とか五百数十枚とかの宣誓書及び請求書を持参したと述べている。)の請求をしてきたことがあり、そのような請求をしてきた者は二人であるが、それ以下の請求者数(枚数)のものはさらに多数あつたものであるところ、市委員会では、宣誓書等の書類さえととのつておれば、右の使者と称するものに対し、請求者本人からいつどのように請求を依頼されたかについて個々具体的に確認することなく、これを受理していた事実を認めることができる。<証拠>は、その第一回及び第二回の尋問において、使者であることの確認は、宣誓書の代理記載人氏名欄にその使者と称する者の署名(第一回の証言では署名捺印)をさせて行なつていたと証言するのであるが、<証拠>の中には、右証言どおり署名されたものはなく、うち二枚の宣誓書の代理記載人氏名欄に請求者と異なる印影が認められるのみであるばかりでなく、本来右の代理記載人とは宣誓者に代つて宣誓書を記載した者を意味することは明らかで、右証言どおりとすれば、かえつて混乱を生じさせることとなり、そのような取り扱いが市委員会でなされていたとは考え難いのであつて、右証言は、措信するに足りないというべきである。しかして、不在者投票用紙等の請求が使者と称する者からなされた場合には、単に宣誓書等の書類がととのつていることを審査するのでは足りず、右使者による請求が本人の意思に基づくことの十分な確認を必要とするのであつて、(令五〇条一項。仙台高等裁判所昭和四九年四月二四日判決高等裁判所判例集二七巻二号一二四頁)、前記の受理手続は、この点において欠けるところがあつたといわねばならない。そして、<証拠>によれば、前記の一括送付は、個別に請求があつたものには行なわず、使者により一括して請求のあつたものについてのみ行なつたことが認められ、この認定を左右すべき証拠はない。
そこで、以上の管理執行に関する規定の違反が、本件選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあつたかどうかについて検討する。原告らは、違法な一括送付によつて、投票の妨害あるいは偽造の弊害が発生したと主張し、<証拠>の中には、一部右主張にそう部分もあるが、その具体的な裏付けに欠け、右弊害の発生の事実を個々具体的に認定するについては、不十分であるといわねばならず、他方被告は、一括送付分中の投票者数の割合が、個別送付の場合のそれとほぼ同数であること(<証拠>により、被告の主張どおりであることが認められる。)、その他の被告の調査によつて、原告らの主張する弊害が杞憂にすぎないものと主張するのであるが、これまた<証拠>によれば、被告又は市委員会において、一括送付分の個々の請求者等につき、具体的に調査したものでないことが認められ、その他の立証によつても、被告の主張する如く杞憂にすぎないものと認めるには不十分であるといわねばならない。そもそも、不在者投票の手続について、令五〇条以下の厳格な規定が定められているのは、選挙人本人の意思によつて投票されることを確保するためであり、些細な手続上の誤りは別として、このような手続的な保証を欠く投票は、本人の意思によるものであることが他の手段で立証されない限り、有効な投票として候補者の得票に算入されてはならないのである。前記のような受理手続及び投票用紙等の交付手続の規定違反が、些細な手続上の誤りにすぎないものとはとうてい言えないばかりでなく、前記5に記したように不在者投票に用いられた封筒の一部は焼却されていて、これに記載されてある選挙人の署名等(令五六条一項及び五七条一項参照)により不正事実の存否を調査することは不可能となつており、また前記の一括送付が法四九条一号の事由による請求があつたものについてのみなされたことは<証拠>により認められ、この一括送付に係る不在者投票の大部分は、登録市町村以外の市町村においてなされたものと考えられるのであるが、通常選挙人との面識のないその市町村の不在者投票管理者及び立会人の面前では、不正が露見することはまれで、この面においても、前記の一括送付に係る不在者投票については、選挙人本人の投票であることの手続上の保証が十分でないと評価せざるを得ないのである。そうであるとすれば、少なくとも前記の一括送付に係る不在者投票数八三一名分中その送付の宛先である三一三分を差し引いた残五一八名分は、候補者の得票に算入することができないものであつたというべきである。
しかして、本件選挙における当選者と次点者の得票差が三六二票であることは、<証拠>により認められるところであつて、前記の違法な一括送付によつて故意又は不注意により不在者投票用紙等の本人への交付が遅れ投票が不可能となつた可能性や、請求の受理手続において、使者につき実質的な審査が行なわれていれば請求が受理されず、ひいては不在者投票ができなかつた者がありうる可能性に言及するまでもなく、前記管理執行に関する規定の違反により、本件選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあつたと認定することができるのであつて、この認定を左右すべき証拠は発見できない。
三以上認定判断したところによれば、原告らの本訴請求は理由がありこれを認容すべきであるから、被告のした裁決は取り消し、本件選挙はこれを無効とすべきである。
訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用する。
(西村四郎 萩原昌三郎 浅生重機)